高校時代、顧問からこんな言葉を聞いた。
「結局一人か二人の意見で物事は動いていくんだよ」
あれは確か高校1年の2月ごろ、もうそろそろ2年生になろうとしている頃のことだったと思う。高校時代在籍していた卓球部には指定ユニフォームが一種類しかなく、団体戦の時に着替えることができないという問題があった。私は2年生から任される次期部長の候補だったこともあり(実際には副部長になった)、自分たちの代でユニフォームを新調するかどうか、そして新調するならどんなデザインにするかを取りまとめるように顧問から頼まれた。これを聞いてあなたはそんなに難しいことではないと思うかもしれない、実際私も皆に聞けば済むことだと高を括っていた。しかしやってみるとこれがなかなかうまくいかない。高校の卓球部は大学の卓球部のように皆が熱意を持って部活に取り組んでいるとは限らなかった。そんな部員にとってユニフォームを新調することはあまり魅力的なことではないだろうし、私もそんな彼らに決して安くない出費を強いるのは気が進まなかった。デザインにおいても話し合いは難航した。好みの違い、熱意の違い、金銭事情の違い、そういった差異が結論を遠ざけていった。困った私は一度顧問に相談してみることにした。そこで耳にしたのが上記の言葉である。
正直愕然とした。ユニフォームの新調は皆に関わることであり、だからこそ皆で決めなければならないのに、それでは何の解決にもなっていない、ただの思考停止だ。私は咄嗟にそう感じたが、しかしその言葉は確かに本質を突いていた。ユニフォームの新調についての話し合いに積極的に参加していたのはせいぜい私ともう一人くらいだったからである。だからこそ悔しかった。
その後結局ユニフォームの新調の話は流れてしまい、私たちの代は二枚目のユニフォームを購入することはなかった。私の高校時代の失敗談の一つだ。
ーー
思い出話が長くなった。時間軸を今に戻そう。大学の卓球部では定期的にミーティングを行っており、「一人か二人の意見で物事が進む」ことは少なくなっていると思う。しかし、活発な議論が交わされているかといえば、そうとも言えないのではないかと私は感じている。
それでは議論を活発にするためにすべきことは何だろうか。それは忌憚なく意見を言える雰囲気作りだと私は思う。先輩後輩や卓球技術の多寡、そういったものに囚われずに意見を言い合えるような雰囲気作り。これができれば、より多くの人が議論へと加わりやすくなり、皆で協力して部活をより良いものにしていくことができるだろう。そして私は最上級生として、自分の意見を言う前にまず他の人に問いかけてみることや、自分の疑問を積極的に他部員に聞いてみること、これらを通して意見を言いやすい雰囲気作りに貢献していけたらと思う。
高校の顧問のあの言葉はある意味真理であると思う。時には現実的になることも大事かもしれない。しかし理想を追うのをあきらめて現実的に生きることはかえって現実逃避と言えはしないだろうか。時に現実的に、時に理想を追って、そんなバランスを取りながら少しでもあの言葉に逆らって生きていけたらと密かに思っている。
4年 髙橋
「結局一人か二人の意見で物事は動いていくんだよ」
あれは確か高校1年の2月ごろ、もうそろそろ2年生になろうとしている頃のことだったと思う。高校時代在籍していた卓球部には指定ユニフォームが一種類しかなく、団体戦の時に着替えることができないという問題があった。私は2年生から任される次期部長の候補だったこともあり(実際には副部長になった)、自分たちの代でユニフォームを新調するかどうか、そして新調するならどんなデザインにするかを取りまとめるように顧問から頼まれた。これを聞いてあなたはそんなに難しいことではないと思うかもしれない、実際私も皆に聞けば済むことだと高を括っていた。しかしやってみるとこれがなかなかうまくいかない。高校の卓球部は大学の卓球部のように皆が熱意を持って部活に取り組んでいるとは限らなかった。そんな部員にとってユニフォームを新調することはあまり魅力的なことではないだろうし、私もそんな彼らに決して安くない出費を強いるのは気が進まなかった。デザインにおいても話し合いは難航した。好みの違い、熱意の違い、金銭事情の違い、そういった差異が結論を遠ざけていった。困った私は一度顧問に相談してみることにした。そこで耳にしたのが上記の言葉である。
正直愕然とした。ユニフォームの新調は皆に関わることであり、だからこそ皆で決めなければならないのに、それでは何の解決にもなっていない、ただの思考停止だ。私は咄嗟にそう感じたが、しかしその言葉は確かに本質を突いていた。ユニフォームの新調についての話し合いに積極的に参加していたのはせいぜい私ともう一人くらいだったからである。だからこそ悔しかった。
その後結局ユニフォームの新調の話は流れてしまい、私たちの代は二枚目のユニフォームを購入することはなかった。私の高校時代の失敗談の一つだ。
ーー
思い出話が長くなった。時間軸を今に戻そう。大学の卓球部では定期的にミーティングを行っており、「一人か二人の意見で物事が進む」ことは少なくなっていると思う。しかし、活発な議論が交わされているかといえば、そうとも言えないのではないかと私は感じている。
それでは議論を活発にするためにすべきことは何だろうか。それは忌憚なく意見を言える雰囲気作りだと私は思う。先輩後輩や卓球技術の多寡、そういったものに囚われずに意見を言い合えるような雰囲気作り。これができれば、より多くの人が議論へと加わりやすくなり、皆で協力して部活をより良いものにしていくことができるだろう。そして私は最上級生として、自分の意見を言う前にまず他の人に問いかけてみることや、自分の疑問を積極的に他部員に聞いてみること、これらを通して意見を言いやすい雰囲気作りに貢献していけたらと思う。
高校の顧問のあの言葉はある意味真理であると思う。時には現実的になることも大事かもしれない。しかし理想を追うのをあきらめて現実的に生きることはかえって現実逃避と言えはしないだろうか。時に現実的に、時に理想を追って、そんなバランスを取りながら少しでもあの言葉に逆らって生きていけたらと密かに思っている。
4年 髙橋